転落⑤
「悪いけど、もう兄貴とおばさんに連絡したから」
旦那はそう言った。
旦那は幼い頃に父親を亡くし、母親は交通事故の後遺症で左半身麻痺とパニック障害が残っていた。
その代わりに、旦那は兄の事を父親のように慕い、遠く離れた九州に住んでいる叔母は、母親代わりとまではいかないが、お世話になっていた事があるようで、頭が上がらない存在だった。
外側から固められた…
逃げられない、早く認めて謝った方が傷が浅くて済むんじゃないかと思った。
これ以上、事を大きくしたくなかった。
何より、こんなたった数回の遊びのために、離婚したくなかったし、子供達に申し訳ないと思った。
「ごめんなさい」
ひたすら謝った。
とにかく離婚したくなくて、全てを話そうと思った。
3回会った事。
相手は昔働いていた職場の先輩だった事。
ただ、プライドなのかなんなのか、1回目に会った時は何もなかったと、小さな嘘をついた。
旦那は
「わかった。俺もカーッとなって、どうしたらいいかわからなくて兄貴やおばさんに連絡したけど、俺の気持ちはこんな事で離婚したくない。」
と言った。
続けて、
「でも、すごく裏切られたってのは変わらないし、信頼を取り戻すのにこれからすごく時間がかかると思う。離婚したくないけど、やっぱりしなければならないかもしれないとも思う。今はわからない」
とも言った。
そして、
「ナツミの両親にも話さなければならないと思う」
と続けた。
わたしは初めてその時泣いた。
3人姉妹の長女の私は、両親にすごく大切に育てられた。反抗も沢山したし、悪い事もして迷惑かけたけど、今幸せに暮らしていると言うことが、恩返しだと思っていた。
そしてわたしは、両親の前ではいつもいい子でいたかった…。
だから親を巻き込むことだけは嫌だった。
お母さんを、お父さんを悲しませる事に対してものすごく後悔した。
旦那は、
「結局おまえはそれなんだよな。両親に言われたくないんやろ?でも、俺は言わないとおまえはまた同じ事をすると思う。だからこれだけ事を大きくした。」
と言った。
見抜かれていた。
確かにわたしは、旦那だけなら泣いて謝ればなんとかなるだろうと思っていた。反省もそれほどしないと思う。
でも、両親にバレる。また迷惑かける。
それだけはどうしても避けたかった。
実は、その数ヶ月前まで、2つ下の妹が離婚の危機にあり、10ヶ月間別居をして実家に戻ってきていた。
その間、両親は頭を悩ませ、どうしたらいいだろうと何度となく私に相談してきていたのだ。
つづく。